やす君のひとり言

やす君の情景

~大分市竹中やすらぎ霊園~

霊園風景 その89 「‥開設20周年の重み」

「‥開設20周年の重み」

 

     大分市竹中のこの地に やすらぎ霊園が開設されたのは 溯ること 20年前

   2000年の春でした

  支援組織や墓石店等の 力強いご支援もあって 販売実績を重ね

  2007年には自由墓区画を増設 さらに 2012年には 県内では初めてとなる

  新しいお墓「樹木墓」や「芝生墓」そして 2019年には コンパクトなお墓

 「なごみ」を新設し 現在では 2300近い区画を有しています 

 

 開設から今日までの20年間 決して順調に成長した訳ではありません

 特に 2008年の米国リーマンショックに端を発した国内の景気悪化は 

 墓石や霊園業界も撃し 一時期は 厳しい経営状況にも直面しました

 しかし 2010年 同じ総合生協グループの仲間であった 大分県勤労県民共済会との

 合併により 再出発を図ることができ 以降は 堅実に経営実績を重ねています

 

 今 健全に経営を維持できているのは

 支え続けていただく 総合生協グループの皆さま

 美しい霊園を 維持管理していただく 関係業者の皆さま

 信頼と実績で 完全な墓石を建立していただく 指定店の皆さま

 そして わたしどもの霊園を 契約いただいたお客さま

 あらためて 関わってこられた 全ての皆さまに感謝申し上げます

 これまで いただいてきたご支援に これからも 一所懸命の心で

 しっかりお応えしてまいります 

 

 やすらぎ霊園は 墓地や墓石を 販売しています 

 と 同時に 未来にわたっての 安心と安全を お約束しています

 私たちは 売って終わり ではなく いつまでも 美しくお守りすることが 

 もうひとつの大切な使命と 考えています

 安心してお任せいただける霊園として 20年間のご支援を励みとして

 これからも 誠心誠意 努めてまいります

 

 どうぞ ご家族おそろいで お越しください

 いつでも 気持ち良く 来園できますように 

 役職員一同 心を込めて 対応させていただきます

 

 

   「皆さま ようこそ やすらぎ霊園へ 何なりとご相談ください!」

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              【秋の青空と永代供養墓】

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f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 「吾子の名を 墓誌に彫りたる 秋彼岸」

 

 

回顧録 no.89 「‥夢の風景 ~夏雲を追う」

 「~夏雲を追う」

 

   しんとした 無音の午後 けだるい空気が漂う 夏のある日

   地上からの 蒸し返しが ほんの少しだけ和らぐ ブナの木の 足元

   眩しげに見上げれば 焼けた緑葉から 差し込んでくる 陽の光

   その遥か向こうの 青空に 根づくかのように そびえ立つ 入道雲

   ふと 思う

   これまで どれほどの夏に どれほどの入道雲を 眺めてきたのだろう と

 

   小学校の夏休み 川遊びの帰り 田んぼあぜ道の すももを 黙っていただき

   捕った大きなクワガタを 友達に自慢して 坂道を上るとき 

   迎えるかのように 向かいの山から 湧き上がってきた 入道雲

 

   夏の休日 焼けるようなグランド 友とふたりで キャッチボール

   街に出るお金もなく いじけたような球が 青空の中を行き来し

   それは そびえる入道雲の白と 交ざり合う

 

   研修期間中の ひととき 休日を利用して 訪れた 露天風呂

   誰もいない 湯船にまったり 友と交わす 無言の友情

   硫黄の煙りの その先に ビール腹のような 入道雲が 笑い立つ

   

      夏の病室から 眺める窓向こうの光景 椅子に座った先輩が ひとつ咳をする

   昼下がりらしい 生温かな風が流れ 曲がりくねった川が 遥か先まで続き

   陽炎の中に浮かぶ山々は 日焼けして 白く輝く入道雲が 見下ろしてくる

 

           高原を横断する一本の農道 脇を覆う夏草たちが 一斉になびいていく 

   行き交う車もなく 窓を開けて 満足そうに笑む 白い 妻の横顔

   バックミラーに 浮かび去る 入道雲の 粋な 一度きりのプレゼント

   

      川遊びした幼馴染 キャッチボールした同級生 心を交した親友 

   教えを乞うた先輩  そして妻‥

   まるで 人さらいのように 夏の入道雲が 僕の前から 

   みんなを連れていき この夏も 隙あらばと 狙ってるかのよう

 

   それでも 次から次に湧き上がり 大空を謳歌する 入道雲を仰げば

   後を追って行きたい 衝動に駆られてしまいそうになる

   青と白の その中に この身を置けば 

   どれほどの幸せ感が 訪れてくれるのだろうか と 思ってみたりする

   

   「 おーい 入道雲

    次は どこに行くのだい?  来年も ここに来るのかい? 」

   

   青空を独り占めした 入道雲が 僕を置き去りにして 飛び去っていく

 

   

   

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            9月20日(日)~22日(火) 

  やすらぎふれあいの日々 秋のお彼岸フェア開催

詳しくはこちらから▶ http://www.yasuragi-reien.jp/2020_autumn.pdf

     

   

  

 

www.yasuragi-reien.jp

  

  

   

 

   

 

     

 

   

 

   

 

   

霊園風景 その88 「‥ぼたもち と おはぎ」

「‥ぼたもち と おはぎ」

 

 子供の頃 お彼岸が近づくと 母のつくる ぼたもちが 楽しみでした

 粒あんで包まれた ぼたもちは 数少ない 貴重なご馳走で

 今でも 春・秋のお彼岸の頃に 頬張ると あの時代が 鮮やかに蘇ります

 

 田舎では いつも 「ぼたもち」 と 呼んでいましたから

 「おはぎ だよ」と 聞かされて 戸惑ったことがありました

 調べてみると 

 春のお彼岸に食べるのが 「ぼたもち(牡丹餅)」

 秋のお彼岸に食べるのが 「おはぎ(お萩)」 

 どちらも季節の花(牡丹と萩)にちなんで名付けられたとか

 見た目はどちらも同じようですが 形やあんこに 違いがあって

 「ぼたもち」は丸い形で こしあん 「おはぎ」は平べったい形で つぶあん

 が 正解だとか 

 

 なぜ お彼岸に ぼたもちや おはぎが 食べられるようになったのでしょうか

 古来から 小豆の赤色には 魔除けの効果あると されていましたので

 五穀豊穣を象徴する お米と組み合わせ ぼたもちや赤飯などにして お彼岸など

 に 捧げられてきたのだそうです

 また 農耕中心の日本では 春の農作業時期には ぼたもち を 

 そして 秋の収穫時期には おはぎ を それぞれつくって

 神様に 祈り 感謝していたとも 伝えられています 

 四季折々の豊かな自然に恵まれた 日本ならではの習慣だと 思うと 

 この国に生れてきたことが とても嬉しくなります

 

 間もなく 秋のお彼岸です

 やすらぎ霊園では お彼岸に合わせて 第3回「ふれいあの日々」を 開催します

 期間中は 多種多様なお墓の特別販売や お墓相談会 供花の特価販売 そして

 お寺様のご供養など ご好評いただいている各企画で 皆さまをお迎えします

 そして 今回も お彼岸名物 「おはぎ」を ご用意しました

 毎日 先着150名様にプレゼントいたします

 どうぞ 皆さまご家族おそろいで お越しください

 役職員一同 心よりお待ちしています

 

 

     【お彼岸に合わせるかのように 咲きほこる 曼殊沙華】

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        お知らせ!

             

     やすらぎ霊園 秋のお彼岸フェア  

   ~・~・第3回「ふれあいの日々」~・~

 

  1.期  間 ‥ 9月20日(日)~  22日(火)の3日間

           ※毎日 9時から17時まで ただし供花販売は8時から

  2.場  所 ‥ 大分市竹中 「やすらぎ霊園」

  3.企 画 ‥   (1) ・展示墓や在庫分の特別提供 ・墓石土地のセット割引

                         (2) ・お墓の相談会 ・お寺様の供養 ・供花の特価販売    

                            (3) ・「おはぎ」プレゼント(毎日150名) ・粗品プレゼント

        4.その他 ‥     (1) 来園時は マスク着用をお願いします

            (2) おはぎは、先着順にプレゼントします。

 

   第3回ふれあいの日々チラシはこちら▶http://www.yasuragi-reien.jp/2020_autumn.pdf

 

 

        

f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 「餡子つけ 頭かしげる 地蔵かな」

 

 

 

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回顧録 no.88 「‥夢の風景 ~花の東京」 5/5


「~花の東京」  
5/5

 

 平成4年の年が明けた

 早くから相談していた Sさんにだけは 帰る意思を伝えていたが

 彼は 反対し続けた

 「トップになれ とは言わないが 二度とない機会だし 活かすべきだよ」

 近くにあった 老夫婦が営む なじみの居酒屋で   

    何度か 手を変え 品を変え 思い止まらせようと 躍起で

 最後は 老夫婦も入っての 説得も試みてくれた

 嬉しかった…

 

 だが 決意は 変えようが  なかった 

 帰ることを前向きに捉え 九州で再挑戦して いつか Sさんの期待にも

 必ず応えようと 思っていたし その想いも正直に伝え そして

 最後は 「九州で頑張れ」の言葉を 贈ってくれた

 

  6月九州帰任が決まり 8月夏休みの早朝 家族は東京駅で 花の都に別れを告げる

 4年前 来るときは飛行機だったが 「ゆっくり 景色を見たい」 という

 妻の希望で 帰るときはJRにした

 支えてくれた仲間が集まってくれ 窓ガラスの向こうで 「バンザイ」を繰り返す

 想いの詰まった ひとりひとりの顔が 涙でぼやけ 泣き笑いで 頭を下げる

 それは 花の東京への 4年間のお礼でもあった

   

    そして 9月 曼殊沙華が咲く早朝 家族が見送る中 

 安心したかのように 静かに 父が旅立った

 苦労続きだった父と 支えた母に感謝し 妻と子供らに感謝し  

 東京の仲間に感謝し 東京という街に 感謝した

 

 重い 想う 4年間だった

 戸惑い 憤り 嘆き 苦しみ そうしたものを 大方飲み込んで

 前を向き生きる術を 心と体に 染み込ませてくれた 4年間だった

 駅頭でも 交差点でも 上手く渡っていけるようになり

 地下鉄構内でも 迷わなくなり 何より 標準語に近づいた

 そうして 築いた4年間は 今でも この中にあり

 心と体が覚えたことは 簡単には無くならない ふとした時 表に出てくる

 

 あの時出逢った 全国の仲間 そして 東京で頑張る 友や先輩との ふれあいは

 これからの 残された人生を 彩っていく

 仕事をリタイアしたら 晩秋を選んで 友に逢う旅に出ることを 決めている

 真っ先に逢うのは 癌と闘っているSさん 

 もちろん 東京経由で行く

 さも 江戸っ子です なんて顔をして 交差点を 胸張って  渡っていく

 

 ありがとう 花の東京!             

                               (終わり)

 

 

 

      【よく行った友楽町ガード下 はじめて   ホッピーなるものを知った】 

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霊園風景 その87 「‥土葬について考える」

「‥土葬について考える」

 

    小学校3~4年生の頃だったか  二つ下の従弟が亡くなった時のことを

 思い出しています

 暑い夏の 夕暮れ時 家から山の中腹にあるお墓まで 

 大人たちが数人 白い布に包まれた 棺を 担ぎ

 細い 田んぼのあぜ道を 過ぎていくのです

 その後には 幾人もの人々が列をなして 続き 

 囲む杉林から 見送るかのように ヒグラシの 鳴き声が 渡っていきます…

 

 あの頃までは 地方では 土葬が一般的だったと 思いますが

 時代が移ると スペースや衛生面などから 火葬が主流になっていき

 今日では 一分の地域を除いて 火葬処理されています

 法律上では 「土葬」は可能なのですが 「火葬」と違い 

 特別な許可が必要であり 条例などで禁止している自治体や 許可しない霊園なども

 多くなって 「土葬」することは むつかしくなっています

 

 一方で 私たちは 「人間は土から生まれて 土に還る」と 聞いてきましたし 

 今も その思いを 持っている人は 多くおられます

 火葬はしても いつか「土に還りたい」という願いを お墓で叶えるとしたら 

 どうすればいいのでしょうか

 

 お墓を建てるとき 敷地の基礎は コンクリートを打ちますが

 真ん中辺りに 直径20cm程度の穴を作ります 

 この穴は 納骨室の 湿気などを逃がすために 設けられるのですが

 一方で 古いお墓を解体し遺骨を移す場合に 没後数十年以上経っているいるお骨を

 土に還してあげるためにも 使われています

 「土に還る」願いを叶える 一つの方法だと思います

  

   また、樹木の下で眠る 「樹木墓」の場合も 土に還ることを イメージしており

 やすらぎ霊園の場合 遺骨をさらし袋に移し 土中のコンクリートで囲まれた

 納骨室に収めます 

 四季の巡りとともに 少しづつ 土に還っていきます

 これも 「土に還る」願いに応える 埋葬方法ではないでしょうか

 

 子供の頃 田舎のお墓は 歩いて30分ほどの 山の中腹にありました

 周りには 先祖が植えたものでしょうか 大きなシャクナゲの木が 

 何本もあって  いつも 美しく手入れされ お墓たちも嬉しそうでした

 しかし 親が年老いてくると 雑草の勢いが勝り 道も閉ざされて 

 お墓参りさえ 遠のいていきます 

 お墓を 近くに移すとき 土葬していた 先祖のお骨の 収骨を手伝いました

 「これは祖父」 「それは祖母」

 愛おしげに 語っていた 父のことばが 蘇ってきます

 

  

 

           【秋の一日 紅葉に染まって 樹木墓 】

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f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 「墓洗う 幾重の霊と 語り合い」

 

 

 

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回顧録 no.87 「‥夢の風景 ~花の東京」 4/5

 
 「~花の東京」 
 4/5

   

       東京在勤 2期目 区切りの4年目に入る

  全国規模の行事は 多忙を極め 帯状疱疹を発症し 胃潰瘍を患う など

  はじめは 不安定だったが やがて ひとつ またひとつと 峠を越えるごとに

  心身とも 鍛えられ この頃には 不安より 自信の方が 前を走っていたし 

  仕事にやりがいや 目標などを見い出し 己の立ち位置や 姿勢なども  理解し

       戸惑うことなく 少しずつだが ゆとりを持って 行動できるようになっていた 

  と 思う…

   

  その年の夏 父に癌が見つかり  あと一年余りの余命と 告げられた

  来年夏 任期は終わるが 九州に帰る想いより 東京で頑張る想いを 

       強くしていたから

  父の病を聞いたとき 「なぜ 今?」  

  一方で 父の最後に 逢えないかもしれない 

  そのことだけが 自分の東京残留を 決断できずにいる

  それは‥

  苦労続きの 厳しい暮らしの中で 必死に育ててくれた 恩であり

  年老いて 気弱になりながらも 傍で支える母への 詫びであり

  どれほど 心で思っていても そこに いないことへの 罪悪感が 付き纏う

  

  だが‥

  九州に戻れば 妻や子供は やっと慣れ親しんだ この地や 友達に 

  さよなら しなければならない

  3人の 胸の内を思うと 口に出すことが できなくて 行ったり来たりする 

  「お父さんだけ 帰れば」 なんてことも あり得ると 思ったりもする  

  年の瀬 妻に悩みを 打ち明けた  年内には 右か左か 決めたかったのだ  

  妻は 迷うことを微塵も見せず 帰ることに 賛成し 

  子供たちも うなずいてくれた

  事前に 察していた妻が 話をしていてくれたらしい

     

        いつだったか 妻に なぜ 九州に帰ることを 賛成したのか 

   聞いたことがある

  「お父さんだから‥‥」

  あとは言わなかったが 朴訥として 無駄なことは言わず 

  いつも 自然体だった父のことを 好きだったのだと思う

    

   そして‥

   平成4年が訪れ  花の東京に 別れを告げる日が 近づいてきた

                               (続く)

 

 

 

      【最後の年末年始 家族で信州を訪れた】

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霊園風景 その86 「‥空向く 百日紅(サルスベリ)」

   「‥空向く 百日紅サルスベリ)」

  

   やすらぎ霊園の 最も高い場所に 配置されているのが 「樹木墓」です 

 一面の芝生と その中に植えられている5種類の花木たちが 迎えてくれます

 

 年が明け 寒さの残る早春に咲き始める 「椿」 

 入れ替わり 凛とした色と香りを届ける 「豊後梅」

 春爛漫の頃 爽やかな白や桃の花開く 「花水木」

 秋の風を受けながら 赤や黄に染まりゆく 「紅葉」

 そして 夏真っ盛りの頃 天に向かって輝く「百日紅

 

 今 夏の青空に一番似合うのが この「百日紅」ではないでしょうか

 写真の百日紅は 並び立つ木々の中での主木です 

 一時期 幹に虫が入って元気をなくし 枯れてしまうことも 覚悟していました が

 専門の業者さんの手厚い治療によって この夏 見事に復活し 

 それはそれは 美しい桃色の花を 披露しています

  花が 長期間咲き続けることから ヒャクジツコウ とも呼ばれる この百日紅

 日向がとても好きで 付けられた名前ともいわれています

 

 今年の夏も 暑い日々が続いています

 霊園内の草木は どこもかしこも 元気をなくし ひと雨欲しいと 訴えているよう

 そんな中 樹木墓をはじめ 園内あちらこちらの 百日紅 だけは 元気いっぱい

 赤や桃 白などの 色彩を広げています

 咲く期間も長く お盆過ぎ頃までは 来園される方々を楽しませてくれます

 

 

 猛暑にも負けず ひたすら青空に向かい 咲き続ける「百日紅」の花言葉

 「あなたを信じる」や「雄弁」などが あります

  確かに 今朝の「百日紅」を 仰ぎ見ますと 「頑張れ! 頑張れ!」 

 と 背中を押されているようで 

 もうちょっと 信じて頑張ってみようかな と 思いたくなるのです

    見事な花の咲きっぷりに由来する 「雄弁」もまた 「百日紅」にふさわしく

 前を向かせてくれるような 花言葉です

 暑さの中でも 元気をくれる「百日紅」は 間違いなく 夏の花木の 主役です

 

 まもなく お盆が来ます…

 

 

            【元気よく 桃色飾りの 花水木】

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         【夏空との対比が とても爽やかな 光景】

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f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 百日紅 重ねし日々が 遠ざかり」   

 

 

 

 

 

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