やす君のひとり言

やす君の情景

~大分市竹中やすらぎ霊園~

霊園風景 その34 「‥夏の彩り 花のお墓たち」

「‥夏の彩り 花のお墓たち」

 

 いつもと違い 容赦ない暑さが続く この夏

 心こめて お墓にお供えした 美しい花たちも すぐに 枯れてしまいます

 2年前に誕生した 「花のお墓」も 朝早くから 夕刻まで

 これでもかと ばかりに 灼熱の太陽に 痛めつけられているのですが

 

 それでも ここに植えてある花たちは すでに2回の夏に耐えた自信も あってか

 かなり 逞しくなっており ちょっとやそっとでは 音を上げません

  

 まるで ご先祖さまや 愛おしい故人を やさしく 包み込んでくれそうな

 そんな気がして 毎夕 感謝しつつ 水をあげています

 

     愛は 河だと いう人がいる

   愛は 鋭い刃物だと いう人がいる

    愛は 飢えだと いう人がいる

      ‥‥ ‥‥ 

      私は 愛は 花だと思う

        そして その大切な種が あなたなのだ

                    「The Rose」

 

 

    【空から見た 夏の 花のお墓】

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   【春の花で囲まれた 花のお墓】

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f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain  夏の夜の 静けさに笑む 花の墓 

 

 

 

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回顧録 no.35 「‥特急 Aさん」

 「‥特急 Aさん」

 

   当時 50代の Aさんは かっこよかった 

   髪は 短かく 背は 高く  痩せていて 

   いつも 胸を張り 顔を上げ 毅然として 歩く人 だった  

   朝は 誰より早く 出社し その分 帰りは 一番早く

   みんなからは 「特急 Aさん」とも 呼ばれていた

   

   お酒は ほとんど飲まず 煙草も吸わなかった

   当時は 飲み会があると 先輩の家まで押しかけて 騒ぐ時代だったが

   飲まない Aさんの家には 誰も 行ったことがなく   

 

   いつも お弁当を 持って来ていた  

   大切に 美味しそうに 食していたAさんを 思い出す

   その中身は 一口だけでも と 思わせるほど 色どり豊かに 美しく 

   並べられていた 

   それほどに 愛情あふれた お弁当だった

 

   そのお弁当が ある日から 消え

   同時に Aさんから 笑顔がなくなり 日を追うごとに 口数も減っていった

   「奥さんの体調が 悪いらしい」  そんな 噂が その頃から 立ち始め

   Aさんは 仕事を 休むようになった 

 

   そして ある朝 上司から Aさんの奥さんが 亡くなった と 聞いた

   

           遺影の奥さんは とても美しい人だった

   祭壇に 置かれた 縁取りの中で 静かに微笑んで座り 

   膝の上では 小さな犬が 見上げていて

    

   憔悴した 表情で Aさんが 謝辞を述べ 

   奥さんと 過ごした 日々の ことを 

   とぎれ とぎれだったが 心を込めて  

   ひとこと ひとことに 愛情を込めて 

   そこに 奥さんがいるかのように 語りかけていた 

  

   そして 最後に 述べた

   「‥私にとって 妻は 妻であり 母であり 恋人でありました

     向こうでも また 妻と 恋をしたいです」

   

   最後まで Aさんは かっこよかった

 

 

   今 Aさんは 間違いなく 奥さんと一緒に 過ごしている

   その かたわらで あの子犬が 微笑んでいてくれたら うれしい

 

 

 

 

   【Aさん 今でも 奥さんへ特急ですか?】 

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お盆フェア開催中!詳しくはHPをご覧ください

www.yasuragi-reien.jp

   

 やすらぎ便り 「‥お盆が来ます」

 

 「‥お盆が来ます」

 

  暑い夏が来て 高校野球の便りが届くと 間もなくお盆が来ます   

  例年にない厳しい暑さの中にある やすらぎ霊園ですが

  朝早くから 夕刻になってから お墓の掃除に訪れる方が 増えてきました

  亡くなった方の初盆に合わせて お墓をつくられる方もおられます

 

 お盆は 一般的には 「年に一度 祖先の霊が私たちの元に帰ってくるとき」として

 お墓参りに行き 仏壇を飾り 迎え火や送り火を焚く などの風習が 

 日本各地で 静かに 時を経て 繋がれています 

 やすらぎ霊園でも お盆に合わせて 「納骨堂」や「永代供養墓」そして「樹木墓」

 において お寺さまにご供養をお願いしています

 

 お盆が来るこの機会に お墓についても 考えてみませんか

 お墓は 亡くした家族を偲び 生きていることに感謝し 善い行いを約束する

 そして 私のこれまでとこれからを 静かに思ってみる

 家族揃って お墓の前で 時と想いを共有する とても大切な機会だと思います

 

 ・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

  「お盆フェア」開催します‥‥ 8/10(金)~15(水)

 やすらぎ霊園では 8月10日(金)~8月15日(水)まで「お盆フェア」を

 開催いたします

 

 今回は

  ① 建立済「花のお墓」をフェア特価でご提供

    *各墓石指定店が心を込めて 仕上げた 美しいお墓です

  ② 建立済「和型のお墓」を感謝価格でご提供

    *納骨を急がれる方のために 感謝価格でお応えします

  ③ 未建立「洋型のお墓」を特別価格でご提供

    *すぐ横まで車で行ける とても便利な位置に 特別価格で建立します

 

 その他にも いろんな企画を準備して 皆さまのお越しを お待ちしています

 どうぞ お盆の一日 ご家族おそろいで やすらぎ霊園においでください

 

  *お寺さまの合同供養は、8月11日(土)10時から予定しています。

   「納骨堂」、「永代供養墓」、「樹木墓」で執り行います。

   なお、時間は前後することがありますので、ご理解ください。

  詳しい情報は下記URLからご覧ください。↓

http://www.yasuragi-reien.jp/2018_summerfair.pdf

 

 

    【お盆を迎える 花のお墓たちの 風景】

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 【こちらは 空から見た 花のお墓たちの 風景】                  

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霊園風景 その33 「‥小さき ネジバナ」

 

  「‥小さき ネジバナ

   

   見落としてしまいそうな 小さなピンクの花が 可愛らしい ネジバナ 

   

   雑草と一緒に すぐに 刈られてしまうため あまり目にすることが

   ありませんが 6月から7月にかけて 可憐な姿を 見せてくれます 

           写真は 霊園内の空き区画 あちらこちらに 咲いていた ネジバナです

   

            何か気づきませんか? 

   そう よく見ると 手前の花と 一番奥の花 巻き方がちがいます

   この花の特性で 右巻きと 左巻きがあり その比率は 

   だいたい1対1 だそうです

   

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   これでも れっきとしたランの仲間で 街中の公園などでも よく見られますが 

   細くて 短いために 大きな草に隠れてしまい 見落としてしまいそうな 

   大人しい花

  

   そして この花 個体の寿命は とても短いと いわれています 

   今年 いっぱい咲いてくれたとしても 来年は皆無 ということもあるそうで

   ですから 鉢栽培には あまり向かないとのこと

   気まぐれと言えば 気まぐれですが なにか それも いいなあ と 

   思ってしまいます

   気の向くままに 好きなところで 花を咲かせる 

   それは 人の生き方としても どこか憧れるところが あります

   映画でいえば フーテンの寅さん のよう

 

 

  ネジバナの別名は レジレバナや ネジリバナ あるいは ねじれ草 など

  花言葉は 思慕 

  思い慕う気持ちを ネジバナに例えて 古くは万葉集にも 詠われています

 

  このネジバナ 来年も ここで 咲いてくれるのでしょうか

 

 f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 「ネジバナを 避けて草刈る 夜明けかな」 

 

 

 ■■□――――――――――――お盆フェアのお知らせ――――――――――――□■■

    f:id:yasuragi-reien:20180803112035j:plain

    8月10日(金)~15日(水)までお盆フェアを開催いたします。

     建立済の✿花のお墓✿をフェア特価でご提供いたします。

      やすらぎ霊園の墓石指定店の自信作が出そろいました。

       ぜひこの機会にやすらぎ霊園へお越しください。

       冷たいお飲物をご準備してお待ちしております。

    詳しくはホームページまたはお電話にてお問い合わせください。        www.yasuragi-reien.jp

■■□―――――――――――――――――――――――――――――――――――□■■

回顧録 no.34 「‥ 隣国の父 Kさん」

「‥ 隣国の父 Kさん」

 

  Kさんは 隣の国の 企業に勤める 役員で

  相互交流で 団長として来日した際 担当になり 1週間ほどお世話したが

  はじめから おわりまで 見事なまでの 紳士だった

 

  「わたしは あまり飲めませんので お手柔らかにお願いします」

 

  多くの場合 団長が 外交辞令として 使う言葉であったから 

  無理に 勧めてみたが 本当に飲めない人で 僅かの量で 真っ赤になった

  

  日本に来るのは 初めてといい 特に 古いお寺や神社に 興味を持ち

  公式行事の合間をぬっては 「行きましょう」と 誘ってくれ

  長く ひとりで 頭を垂れ 歴史と時間を 共有していた

 

  日本語が 口から出ることは 公の場で なかったが 通訳する前から

  理解していたように感じたし 二人の時の ありがとう や おはようございます

  は 日本人より 美しい日本語だった  

  

  日本が 統治していた頃 Kさんは 中学生くらいか

  おそらく 言いようもない 辛い思いや 出来事が ありすぎて

  刻まれた しわの中で 静かに見開く眼と 時々の表情が それを物語っていた

 

  贅肉の全くない 少し腰を曲げて歩く姿 白髪で ポマ-ドの匂う髪

  お酒を飲むときの ゆっくりとした しぐさ 木訥とした やさしい笑顔

  その面影は ふるさとで 暮らす父に 重なり

  僅かな時間だったが そこに もうひとり 父がいる そんな 気がした

  

  父も 戦時中のことは 全く触れることはなく 出来事も想いも 

  心の奥に 仕舞い込み 垣間見えるのは 

  雨の日に 縁側で 庭を見るともなしに 煙草をくゆらすとき

  の 寂しさ模様

  

  Kさんも そんな雰囲気を 携えていて なつかしく 甘酸っぱかった

 

  それから数年経ち 隣国を訪れた際 Kさんが ふるさとから 長時間かけて

  お土産を手に 逢いに来てくれた

  何も言わずに ゆっくりと 抱きしめてくれたことを 覚えている

  やはり ふるさとの父に似て 重ねた年の分だけ 丸くなっていて

  

  「‥いまでも この写真を 持っているよ」

  そう言って 見せてくれたのは 

  京都の ホテル前を Kさんと二人で歩く 写真

  冬の朝で コ-トに手を入れ 仲良く笑っている

  なぜかしら やはり 親子に見えてしまい 泣きそうになる 自分がいた

 

  父は すでに他界し 

  隣国の父も  海を隔てたふるさとの 山に抱かれて 眠っている 

 

 

      

 

 

        【30数年前 Kさんは あそこに 立っていた】f:id:yasuragi-reien:20180625093747p:plain

 

 

  

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霊園風景 その32 「‥純白の踊り木 ヤマボウシ」

 

「‥純白の踊り木 ヤマボウシ

 

  6月中旬になると 急に 一部の樹木が まるで雪が降ったかのように

 真っ白な花で 覆われます

 やすらぎ霊園に入りますと 真正面に 見える「永代供養墓」の 真下に

 横一列に並ぶのが この花 ヤマボウシです

 

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 ハナミズキと同じ属ですが ヤマボウシは 我が国に 自生しており

 江戸時代には 外国に輸出されていたそうです

 ハナミズキと同じく 花のように見えるのは 総包片という葉です

 この葉が 頭巾をかぶった僧侶に 見えることから 「山法師」と 

    名づけられたとか

 

 9月から10月頃 実が赤く熟しますが 果肉は 柔らかく マンゴ-のような

 甘さがあって 美味しく 食べることができますし 果実酒にも 適しています

 

 秋の紅葉もきれいで 成長があまり早くないため 公園や 家庭の庭などに

 植栽されています

 ただし 乾燥が苦手なので 午前中に陽があたる場所が 適しています

 

 花言葉は「友情」

 

    4枚の総包片の 真ん中にある緑の玉が 小さな粒々でできた ほんとうの 花

 この小さな花が 秋には 固まって 大きな実になることを 考えますと

 「友情」という 花言葉が ピッタリ あてはまるような気がします 

 

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 f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 山法師 白き頭が 青に映え

 

 

 

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回顧録 no. 33 「‥‥子ども達の星 Sさん 」

 

「‥‥子ども達の星 Sさん 」

 

 1993年10月末 夜8時過ぎ タイ国 ドンムアン空港

 手書きのボ-ドを抱えて 待っている 多くの人の中に Sさんがいた

 

 ちょっと見は お坊さん風 頭に髪はなく 丸いメガネをして 身長160ほど 

 白シャツのサンダル履き 首には 「歓迎 〇〇様」の ダンボ-ルが下がる

    ニコニコと まるで 古い友達を迎えているように 笑っている

 抱いていた不安感が 一瞬で 和らぐような 温かい雰囲気を 持った人だった

 

 暑さと 湿気と 生ごみ等の匂いが 入れ交った スラム街の 一角にある

 ボランティアセンターで 簡単な挨拶のあと Sさんは ちょっと鋭い 目で

 「なぜ ここに来たのか」と 問うた  

 「国外ボランティアを通して 教育を考えたい」と答えた

 

 「教育が必要という 考えには 同感です

  しかし この国の 田舎やスラムに暮らす 子供たちには 学ぶ機会さえ

  与えられていません

  だから 国が貧しい 貧しさから抜け出るためには 教育しかないのです

  あなたの組織の若者が この国で 学ぶように

  この国の スラム街の子供たちが 学べる機会を お願いしたいのですが」

 

  それから 1か月 Sさんにお世話になり タイ国内各地での 研修や視察を重ね 

  帰国後 間もなくして 組織リ-ダ-を創るための タイ国研修制度と同時に

  タイ国の子供たちを支援する 教育基金制度を提案し 設立が決まった

 

  それが 子供たちへの 限りない愛情を 訴えた 熱意と 

  そこまで導いてくれた Sさんへの せめてもの お返しだった

  

  それからずっと Sさんは タイ国の子供たち支援を続け 

  そして 10年前  病を発症 ふるさとへ帰ることを 選び

  生まれ育った国 日本で この世を去った     まだ60代だった

  彼の 葬儀には かつて 彼に愛され 今は タイ国を支えるまでになった  

  多くの教え子たちから 死を悼み 悲しむ 弔電や言葉が寄せられたという

 

  世界中を歩き回り 最後にたどりついた タイ国

  ひとりの 人間が やれることは 限られているが

  彼は 病に倒れるまで この地で この子らとともに 笑い 喜び

  彼らの成長に 全てをなげうって 星になった

 

  Sさんと逢って 25年 

  彼の 熱意で創られた 教育基金制度は 

  今も 学びたい 子供たちの思いを 支え続けている

     

 

     

 

         【 バンコクの至る所で見られたスラム街 】

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