回顧録 no.44 「‥夢の風景 ~深山の寒つつじ 2/4 」
「‥夢の風景 ~深山の寒つつじ 2/4 」
走り続けて1時間ほど 日の射さない 杉林の中の小道が 終わる
僅かな音を立てて 水が流れ 今にも落ちそうな 木橋があった
凍えるような寒さの中で Hさんは手際よく 準備を整え
震えている 私を見て つぶやく
「何してる? いくぞ」
そこからは 獣道のような 細く白い小道が 曲がりながら 上へとつながり
Hさんの背中を めざして ひたすら歩いた
やがて 杉林が切れると 裸の雑木林が現れ 急に 雪が深くなる
太陽の光が 雪の白さに反射し 眩しさに戸惑ってしまう
なだらかな 坂道で 足を止めた
「少し 休むか」
Hさんは 枯木にリュックを降ろし 雪を口にした
「体 大丈夫ですか?」
と 聞くと 静かに 息を吐き
「あと 半年だそうだ‥」
そして さりげなく 雪の固まりを 谷に投げた
その放物線は 少し上をめざし やがて落ちていった
それは まるで Hさんの これからのように 思えたのだ
「これを 俺の ゴ-ルにする」
と 言って 笑ったHさんの顔が かすんだ
光の眩しさに 涙をごまかして 言葉を探したが 見つからない
尾根伝いに 先を歩いていく Hさん
雪道を踏みしめる 「ザクッ ザクッ」という音が まるで 命を締めていく
カウントダウンのように 聞こえてくる
彼は 懐かしそうに 空を見上げ 愛おしそうに 彼方を見渡し
親しそうに 木々に話しかけていた
それは おそらく ゴ-ルと決めた あの地への軌跡を Hさんなりの やり方で
刻んでいたのだと 思う
それから 僕は いつか一人で来る時を 考えて 山や谷や 木々や岩たちを
必死に 頭と体に 刻みつけようと していた
しばらく続く 雑木林が切れて 澄み切った青空を背景に
うっすらと雪を被った山がそびえる 小高い丘に立った
彼は 真ん中の山を 指さし
「あの山の向こうだ」 そう言うと 再び足を踏み出した (続く)