やす君のひとり言

やす君の情景

~大分市竹中やすらぎ霊園~

回顧録 no.51  「‥夢の光景 ~赤いコートのMさん  3/3 」

 「~赤いコートのMさん 3/3 」

 

   それから 二人は 喋ることもなく 弁当を食べ続けていた

           春の雲が 静かに流れ 晴れと曇りが 交互に届いてくる 高原

   そこから見える 空は 限りなく広く そして 

   長い髪の Mさんの横顔は とても美しかった  

   

   なぜ あの時 僕は そこにいたのだろうか と

   今でも 振り返ることがある

   例えば‥

   

   仕事中のお父さんを 避けた後の Mさんの表情に ひかれて

   冷たい季節から 暖かい春へ 変わる季節に 華やぐ心が相まって

   違う 中学校へ 通うことになる 別れの 言葉を言いたくて

   

   だが そうしたことは いわば付録であって 本当の理由ではない 

   本当は‥

   

   当時 僕の父も 村の建設会社で 汗と泥にまみれて 働いており

   何となく Mさんを より身近に感じていて だから

   朝の あのことが 強烈に残っていたのだ 

   そして‥ 

   穏やかで 笑みの優しい Mさんのことが いつも 心の中にあって

   子ども心に 僕を Mさんの隣に 導いたのではないか 

    

   Mさんと 再会したのは 30歳を過ぎた頃 小学校廃校式典の 会場だった

   隣の川を隔てて ゆるやかな山の 斜面には 紅葉が 鮮やかに 秋を祝い

   そこに 表れたMさんは 眩いほどの真っ赤なコートをまとって 

   それは 周りの風景と 見事なまでに 調和していた

   そして あの時の 言葉どおり  

   看護師として働き  医師の奥さんになっていた

 

   一緒に 弁当を食べたときのことを Mさんは 覚えていて

   驚いた記憶と 嬉しかった記憶がある と 言ってくれた

   僕も あのことがあってから 少しだけ 強くなった 気がする 

   いくつも 苦しさや辛さは あったけれど どこかに あの時の 暖かさや 

           温もりが 残っていて それが 僕を守り 励まし続けてくれていた

   子どもの頃の ささいな 出来事だった 

   だけど 

   とても大切な時間だったのだ と 思うのだ

   

 

   Mさんは 今も 現役看護師として 一線に立っている                                   

                                   (終り) 

 

 

   

    

    

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