やす君のひとり言

やす君の情景

~大分市竹中やすらぎ霊園~

回顧録 no.56  「‥夢の風景  ~乗れない自転車 2/2 」

 

  「~乗れない自転車  2/2  」

 

   校庭の向かいに 川が流れ その先から なだらかな傾斜で 山が続く

   杉や檜の 濃緑に混じって ブナや紅葉が 着飾り始める

           校庭の桜葉も 色づきながら やがて 季節が冬に向かう 頃

 

   僕は まだ 自転車に乗れなかった   

   気弱だったから 友達に「貸して」 が 言えなかった

   だけど‥  

   校庭や道路で 楽しそうに 自転車を操っている N君が うらやましく

   同じような自転車が 欲しくて たまらず 

   思い切って 母にねだった記憶がある

 

   「自転車が欲しい‥」

   「‥‥」

 

   家に そんな余裕はなく 無理なことは わかってた が

   それでも 母にすがっていた

   母は 泣き笑いの顔をして 背中を向け

   傍で 父が「今度な‥」と つぶやき

   その「今度な‥」の約束は 果たせないままだった が‥

   ある日から 僕は 欲しがることを 止めた 

 

   その冬は いつも以上に寒い日が続き 雪も多く降り

   1時間ほどの 通学時間が 倍近くかかることもあった 

   慣れていない 町育ちのN君は 学校を 休むことが多くなり

   冬休みが終わっても 僕の前の席は 空いていた

 

   「入院したの‥」

   その朝 先生は さりげなく みんなに伝えたが

   涙目になっていた

   

   それから 間もなくして N君は 町の病院で 亡くなった

   

   僕たちは ありったけの草花を 机に供え

   泣きながら 彼を 見送った   

   先生が転勤するとき 青い自転車も 寂しそうに 

   トラックの荷台で 揺られながら N君の元へいった

 

          校庭から  N君がいなくなり 青い自転車が無くなって 

   もう 自転車が欲しいとは 思わなくなっていた

   

     その春も 校庭の桜は 約束したように 満開の時を迎え 

   僕らは いつもと同じように 走り回っている 

   そして N君は はるか彼方の校庭で あの青い自転車と 走り回っている

 

 

   その後 自転車に乗る機会が 少なく

   60年近く経った今でも うまく乗ることができない

   向うにいったら N君に 教えてもらおう

   今度は N君が押す番だ‥‥

 

                           (終り)

   

   

 

 

f:id:yasuragi-reien:20190523113212j:plain

www.yasuragi-reien.jp