やす君のひとり言

やす君の情景

~大分市竹中やすらぎ霊園~

回顧録  no.57 「‥夢の風景  ~何も言えなくて 夏 1/3」

 

   「 ~何も言えなくて 夏    1/3 」

 

    その歌を 聞いた瞬間  はるかな昔の 自分に還っている

    記憶は  不思議なもの いつもは忙しさや 目の前のことに かまけ

    その出来事などは 心のどこにも 存在しないのに ふとした時 

    まるで 昨日のことのように 心の中に 小さく 浮かんできて 

    それから 潮が満ちるかのように ざわざわと 蘇ってくる

 

    雨の降り続く 梅雨前の夜  足元は濡れ続けて

    いつもの 喫茶店を 開ける  交番の隣にあった 白い建物

    カウンタ-の 一番奥に 仕事帰りのままだろう 疲れた表情と しぐさの

    ひとがいて 好きなアイスティーが 前に置かれている

               目が合って 静かに笑った

 

    ダンスパーティで 先輩が気に入り 紹介してくれ と 指示された

    僕は 知っていた そのひとを 先輩に紹介した

    その後 先輩とは 毎日 寮で顔を合わせたが 触れることもなかった から

    うまくいっているのだろう と 思っていた

 

    差出人不明の手紙が届き 開けると そのひとからで 

    「話がある」 と 書いてある 短い文面は 僕を戸惑わせた

    迷いながら 足は 喫茶店に向かう

    今の気持ちを 痛めつけるかのような 嫌な空気と 雨の降る中

    

    「お付き合いを辞めたい‥」 

    何となく 思いあたる

    三人で逢った時の空気や 交わす言葉 この頃の 先輩の態度など    

    どこかに もっと 落ち着きたい場所を 探しているかのような 

    雰囲気を 感じていたから

 

    「‥‥」

    言う言葉が 見つからず コーヒーに 頼っている

    

    「あなたから伝えて欲しいの‥」 

    そんなこと とても 言えるわけがない 勇気も 持ち合わせていないし

    

    「自分で言うべきだと 思いますが‥」 

    年上だから 丁寧語になっている

 

    「言えないから 頼んでる‥」 「あなたから 頼まれたのだから‥」

    自分から話しかけることも少ない 

    控えめな表情と しぐさを 持った  

    だから 断りきれなかったのだろう

    黙って うなずく術しか なかった

 

    数日後の 夜 寮の仲間たちの飲みごと

    二次会の席で 先輩の隣に座り やっとの思いで そのことを 告げた

    何と言ったかは 忘れてしまったのに 

    その時の 先輩の顔は 覚えている 

    

    一瞬 笑ったよう すぐに 寂しい表情を見せ 下を向き

    それから ずっと無言のまま 飲み続けており

    それは 想像していた とおりだった 

    物静か ぽつぽつ としか しゃべらない 

    大人しく 真面目なひと だったから 

    

    隣で 一緒に 黙って コークハイを 飲み続けた 21歳の 夜 

                              (続く)

    

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