やす君のひとり言

やす君の情景

~大分市竹中やすらぎ霊園~

回顧録 no.99   「‥夢の風景  ~豪放磊落が 逝く」 

 「~豪放磊落が 逝く」

 

  N先輩 背が高く 体重もあり 歩幅は 僕の倍近くあった

  ずっと 坊主頭 目も鼻も   口も大きく 見下ろされると 覚悟するほど

  裏腹に とても優しく 決して 自分から 喧嘩を売ることは なかった

  売る前に 相手がひるんで 喧嘩にならなかったのだ

  仲裁役には うってつけで 中に入った途端に すぐ 双方が槍を収める

  夜の街でも 周りが避けるほどの 存在感があって  用心棒としても

  最高の 先輩だった

        但し、ひとたび 喋ると その勢いは 一気に 萎えることになる

  とにかく 容姿からは 絶対に 想像できないほどの 緩やかな高音が発せられ

  さらに 話好きだったから お喋りする先輩から どんどん 厳つい印象が

  雲集霧散してしまい 後は‥   

 

  だが 上には上があるもので 先輩のお父さんは 

  今でも 語り草になるほど 息子以上に 有名な人だったらしい 

  汽車通勤だったが 行きは 学生たちに 厳しく 躾を行い

  帰りは 座るや否や 毎日宴会 車掌さんも 最後は諦めていたという

  優しい上に 息子譲り(?)の話好きで 誰彼問わず 話しかけていく

  「学生に飲ませた」とか「おばちゃんたちと一緒に歌っていた」とか 

  話題にも 事欠かず その路線界隈では 知らない人は いないほどとなり

  お父さん見たさに乗ってくる いわゆる野次馬さえ 出たそうで 

  もっともこれは 面白くするために 後で 拵えた話かも 知れないけれど

  それほどに ユニークな お父さんのもとで 先輩は育った

 

  退職後 久しぶりに 先輩と逢ったのは 妻が入院している 病院で 

  後ろ姿だけで 直ぐに わかった 

  どんなに人が多くても   頭一つ天に近く それも 坊主頭だから

  だが 心なしか あの頃より 痩せて 背中も丸まっている

  「おぅ! 元気か?」 

  かけてくれる 言葉が細く 艶も乏しい

  「先輩 今日は?」

  聞く前に

  「どこか 悪いのか?」 と 先行される

  妻の話をすると しばらくの沈黙の後

  「俺も 似たようなもんだ 一緒に 頑張ろうや な!」

  なんて 笑いながら 優しい 励ましの 声がする

 

  それから 3年ほどして 

  N先輩は 自宅に近い病院に入院し 日を経ずして 彼岸へ渡った

  秋盛り 葬祭場の向かい側 道路を挟んだ駐車場 

  その傍に立つ 紅葉は 赤黄に染まり 

  別れを告げるかのように 吹く風に 舞い上がる

  記憶にあった 優しい声が 一緒に流れていく

  「さらば!」なんて 言って 振り向きもせず 空へ還る

  

  N先輩には 感謝しても し尽くせない 恩がある

  悔やむのは その恩を 言葉で 伝えないまま   だったこと

        職場を離れて 新天地に 飛び込むかどうか 迷っていたとき

  合理化で 人減らしが 進んでいるとき だったから

  職場の声は 大半が 出て行くことに 反対だった

       その時 あの温和な先輩が 皆の前に立ち 

  「彼が 決断したことを尊重して みんなで 支えましょう」

  大きな体を曲げて 頭を下げてくれた

  だから‥   今がある 

  棺の前で お礼が遅れたことを 詫びた  

  

       またひとり 尊敬すべき 豪放磊落が 逝った‥ 

  

 

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