「‥ひょうひょうと生きた父のこと 4/4」
健康で 風邪さえひいたことのない父だったが 75を前にして体の不調を訴えた
近くの医院ではわからず 街の総合病院で検査した結果 末期の膵臓癌で
余命1年余 りと診断された
父は 故郷での治療を希望し 村の診療所に入所した
少しずつ弱っていったが 悔いることも 嘆くこともなく 母や姉の看病も
受けながら 静かに治療を続けた
家に帰りたいという望みで 夏のある日 生まれ暮らした家で 一夜を共にした
痩せ細った体を洗い 作り笑いで浴衣を着せたとき ふいに涙がこぼれた
二度と帰れないとわかっている父は それでも いつも通りに静けさと同居し
ゆっくりと 少しだけ焼酎を口にした
「行きたいところは」と聞いたが 「どこもない ここが一番いい」と笑って答え やがて 曼珠沙華の咲く頃を待っていたかのように 祖父や祖母の元へ旅立った
強がらず 逆らわず 人にやさしく 風の吹くまま 雲の流れるまま
ひょうひょうと生きて ひょうひょうと去っていった父
75年間 貧しさの中でも 決して 辛さや苦しさを見せなかった父
わたしは父の子で幸せだったと 思う
手元にある 晴れた秋の日の一枚の写真 やっとの思いで建てたお墓の横で
腰に手を当て やさしい笑みを浮かべた 作業服の父がいる
「父さん 今 どこで働いていますか?」 (終)