回顧録no.19 「‥‥西日を受けて F先輩」
「‥‥西日を受けて F先輩」
その当時 事務所の周りの建物は低くて 広い空が見えていたから 2階の会議室に
も西日が射し 畳は茶色に変わり、窓際の書類は 色褪せていた記憶がある
築何十年になろうかという 古家を改造した木造の事務所は 少し傾いており
入り口のドアも力を入れなければ動かないほどに ガタが来ていた
2階の10畳ほどの和室が会議室で すり減った階段は 上がり下がりするたびに
ギシギシと音がした
そして ひときわ大きな音がすると まちがいなくF先輩が姿を現す
体格が良かったF先輩は 丸い縁取りのついたメガネを愛用し 背広はいつも同じ
グレー系で そのポケットの周りには 点々とパン屑が付いていた
胃が悪いため 空腹状態にならないように いつもパンを入れている と聞いた
末席に座る自分は F先輩の表情や話しぶりを 見聞きするのが楽しかった
畳に正座し 長机の上で手を組み 敬語で話すF先輩の言葉には 絶対的な説得力が
あり 早い決断や行動力から その時代 卓越した指導者として評価が高かった
F先輩に呼び出された時も 2階の和室には西日が射していた
おもむろに 「一緒にやらないか」と誘われ
「そっちには、君の代わりは山ほどいるが こっちには君の代わりはいない」 と
丸メガネの奥から 決め台詞が突いて出た
それから30年以上 F先輩の歩いた道に 続いて歩いた
そのF先輩が 93才の生涯を閉じた
飾られた90才のときの遺影は あの現役時代 そのもので
「おい! こっちは良かったか 悪かったか?」
と 問われた気がして
「先輩 素晴らしい30年間でした」
と 報告した
【先輩! そっちも夕日が見えますか?】