「‥‥寒い国で出逢った通訳のIさん 1/5」
1989年 11月 初めて訪れた町ワルシャワは 雪が降っていた
この時代 東欧はソ連からはじまった民主化の波が押し寄せ ポ-ランドも
その流れの中にあり この年の6月には ワレサ議長率いる「連帯」が
国民の圧倒的支援を受けて 選挙に勝利し
9月には 現在のポ-ランド共和国が誕生する
そんな激動の最中に この国を訪れたのだった
市内の到る所に ポスターや横断幕が張られ 人々には 長い圧政から解放され
自由という保障を得て 限りない 希望と夢を 抱きつつ
新しい時代を歩いていける そんな熱気が溢れていたように思う
だが その明るさとは裏腹に 国内は電力事情が逼迫しており
夜の街はひとりでは 歩けないほどに薄暗く 点々と見える信号機だけが
異様に明るさを放っており
小雪舞う光景が この世の果てまで続いているかのような 錯覚さえ覚えた
ホテルのロビ-も例外ではなく 少ない明かりと 寒い空気の中で
たばこの煙と 吐く息が交差し 小声が飛び交う 光景が続く
誰もが 疲れていたし 早く部屋に入りたかった
そこに 約束の時間より はるかに早く現れた通訳が Iさん
とても小柄な人で 長い髪を 無造作に後ろで結び
黒いセ-タ-に分厚いコ-トをまとい 首には緑色の太い毛糸で編んだ
マフラーを巻き すっかり手になじんだ革のバックを下げて
優しい日本語が ロビ-に流れ 一瞬 空気が和らいだ
‥‥初めまして
この国で初めて逢った日本人は 美しい女性だった (続く)