回顧録 no.35 「‥特急 Aさん」
「‥特急 Aさん」
当時 50代の Aさんは かっこよかった
髪は 短かく 背は 高く 痩せていて
いつも 胸を張り 顔を上げ 毅然として 歩く人 だった
朝は 誰より早く 出社し その分 帰りは 一番早く
みんなからは 「特急 Aさん」とも 呼ばれていた
お酒は ほとんど飲まず 煙草も吸わなかった
当時は 飲み会があると 先輩の家まで押しかけて 騒ぐ時代だったが
飲まない Aさんの家には 誰も 行ったことがなく
いつも お弁当を 持って来ていた
大切に 美味しそうに 食していたAさんを 思い出す
その中身は 一口だけでも と 思わせるほど 色どり豊かに 美しく
並べられていた
それほどに 愛情あふれた お弁当だった
そのお弁当が ある日から 消え
同時に Aさんから 笑顔がなくなり 日を追うごとに 口数も減っていった
「奥さんの体調が 悪いらしい」 そんな 噂が その頃から 立ち始め
Aさんは 仕事を 休むようになった
そして ある朝 上司から Aさんの奥さんが 亡くなった と 聞いた
遺影の奥さんは とても美しい人だった
祭壇に 置かれた 縁取りの中で 静かに微笑んで座り
膝の上では 小さな犬が 見上げていて
憔悴した 表情で Aさんが 謝辞を述べ
奥さんと 過ごした 日々の ことを
とぎれ とぎれだったが 心を込めて
ひとこと ひとことに 愛情を込めて
そこに 奥さんがいるかのように 語りかけていた
そして 最後に 述べた
「‥私にとって 妻は 妻であり 母であり 恋人でありました
向こうでも また 妻と 恋をしたいです」
最後まで Aさんは かっこよかった
今 Aさんは 間違いなく 奥さんと一緒に 過ごしている
その かたわらで あの子犬が 微笑んでいてくれたら うれしい
【Aさん 今でも 奥さんへ特急ですか?】
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