回顧録 no.40 「‥夢の風景 ~ 70年前」
「‥夢の風景 ~70年前」
蛇のような 曲りが続き 轍の残る 砂利道だったと思う
暑い夏の午後 灼熱の太陽に照らされた その道を
あえぎながら 歩いていく
上るほどに きつさは増したが
それでも 峠付近には 涼しさをもたらす 風があって
道の両脇に立つ 細い木々の枝が わずかながらに 揺れている
何歩も前を 父らしい 痩せた人が歩いていた
記憶にある父ではなく 古い写真で見た 若い頃の顔に似ていた
背中には古びた リュックが のしかかり 汗と汚れの染みついた
カ-キ色らしい上下服を纏い 大股に 確かな足取りを 繰り返していく
どこから 来たのだろう どこへ 行くのだろう
峠の向こうには 山々が続き その遥か向こうには
希望が待っているのか それとも‥‥
その人は 無言で めざす地への歩みを 進めていた
やがて 下り坂になると 少しずつ 人々のなりわいが 漂ってくる
それは 木々の間から漏れてくる 煙や匂いであったり
それは 耕した跡のうかがえる わずかな平地であったり
そして 急に林が開けると そこには 藁ぶきの家々が 並んでいた
道の両脇には畑があり 伸び放題の草たちが暑さに萎れ 無造作に草花が咲く
父は その道から 脇の小道に入ると 奥へと進み
しばらくして 小道のはずれに立つ 家の前で 歩みを止めた
その小さな家は 古ぼけた屋根に 雑草が茂っており
雑然として 手入れの行き届いていない玄関先には
褪せた ナスやキュウリなどの 野菜たちが 竹籠に収まっている
「ただいま 帰りました」
大きな声で 家に挨拶すると 父は 深々と頭を下げた
ガタッと 壊れた音をさせ 引き戸が開いて 女性が飛び出してきた
もんぺ姿の地味な衣装をまとった それは 写真で見た 若い時の母だった
そして 子どもの頃 いつも見ていた あの祖母が後に続いた
「‥‥‥」
「‥‥‥」
お互いに顔を見合わせたまま 夫婦と親子は 黙って 泣いていた
そうか!
父は 戦争が終わって 帰ってきたのだ
ここは 父の故郷なのだ 私の故郷なのだ
まだ 生まれてもいない私
不思議な気持ちで 父や母や祖母になるであろう 家族を見つめていた
そして あと数年後に 暮らすことになる その家も
記憶の中に 焼きつけようと 目を凝らす
やがて‥‥
父や母や祖母が 視界から 薄らいでいった
夏の終わり
開け放った窓からの 生温い風と
カ-テンから漏れてくる 朝日が
70数年後の 今へ 呼び戻しにくる
いつまで 夢を見ることが できるのだろうか と 思う今朝
すでに 祖母も父も 彼岸へ渡り 母は 老いが進む