「~乗れない自転車 2/2 」
校庭の向かいに 川が流れ その先から なだらかな傾斜で 山が続く
杉や檜の 濃緑に混じって ブナや紅葉が 着飾り始める
校庭の桜葉も 色づきながら やがて 季節が冬に向かう 頃
僕は まだ 自転車に乗れなかった
気弱だったから 友達に「貸して」 が 言えなかった
だけど‥
校庭や道路で 楽しそうに 自転車を操っている N君が うらやましく
同じような自転車が 欲しくて たまらず
思い切って 母にねだった記憶がある
「自転車が欲しい‥」
「‥‥」
家に そんな余裕はなく 無理なことは わかってた が
それでも 母にすがっていた
母は 泣き笑いの顔をして 背中を向け
傍で 父が「今度な‥」と つぶやき
その「今度な‥」の約束は 果たせないままだった が‥
ある日から 僕は 欲しがることを 止めた
その冬は いつも以上に寒い日が続き 雪も多く降り
1時間ほどの 通学時間が 倍近くかかることもあった
慣れていない 町育ちのN君は 学校を 休むことが多くなり
冬休みが終わっても 僕の前の席は 空いていた
「入院したの‥」
その朝 先生は さりげなく みんなに伝えたが
涙目になっていた
それから 間もなくして N君は 町の病院で 亡くなった
僕たちは ありったけの草花を 机に供え
泣きながら 彼を 見送った
先生が転勤するとき 青い自転車も 寂しそうに
トラックの荷台で 揺られながら N君の元へいった
校庭から N君がいなくなり 青い自転車が無くなって
もう 自転車が欲しいとは 思わなくなっていた
その春も 校庭の桜は 約束したように 満開の時を迎え
僕らは いつもと同じように 走り回っている
そして N君は はるか彼方の校庭で あの青い自転車と 走り回っている
その後 自転車に乗る機会が 少なく
60年近く経った今でも うまく乗ることができない
向うにいったら N君に 教えてもらおう
今度は N君が押す番だ‥‥
(終り)