「‥夢の風景 ~赤いコートのMさん 1/3」
小学6年生の春 卒業記念行事として 同級生で 遠足に行った
舗装されていない 狭い道を 一列になって 歩いて行くのだが
唸るような音を立てて 時折り通る トラックは
砂利を蹴散らし 埃を巻き上げる
その度に 僕たちは 道路に背を向けて 避難した
その日は 晴れ渡っており 道の上や下に へばりつくような
小さな畑たちの周りには 菜の花が咲き
僅かに作られている 田んぼにも スミレの花模様が 広がっている
土地のほとんどを山々が占める 村は 多くが林業に携わり
少ない田畑から採れる農作物は 家族が食べるほど だったと 思う
途中 道路は大きくカ-ブしており それが曲がり終わる ころ
道の上 竹藪が生い茂る傍に 平屋の家があった
庭には 大きな椿の木がそびえ 早春の頃には 道路一面 白い花を散らして
地域の人たちは 「椿ん家(つばきんち)」と 呼んでおり
それがMさんの家だった
Mさんの 苗字は 村で 一軒だけ
年の離れた兄さんは すでに村を出ており 父母との3人暮らしで
父さんは 道路の補修を請け負い 毎日のように 村内のどこかで
仕事をしていた
単車の荷台やあちこちに 用具を括り付け 器用に運転する姿や
晴れの日も 雨の日も 働く姿を 何度も見ていた
その日の 道すがら お父さんに 出逢った
小さい体つきで 頭にタオルを巻き付け ザクッ ザクッ と
一心不乱の 腰つきで 車の轍の跡を 直していた
先生の 「おはようございます」に続き 同級生たちが声を出し
父さんも 汗と土にまみれた 笑顔で挨拶を交わした
その前を過ぎると 笑い声が聞こえ Mさんに視線を移している 子もいた
Mさんは 黙って 下を向き 唇を閉じたまま 足早に 父さんの前を
横切り しばらくは 顔を上げなかった
Mさんは 泣き笑いのような表情で 僕に 視線を向け
僕は とっさに 笑った
そのときは そうすることしか 思い浮かばなかったのだ
(続く)