やす君のひとり言

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~大分市竹中やすらぎ霊園~

回顧録 no.69 「‥夢の風景  ~肥後の赤椿」

 

 ~肥後の赤椿

 

  挨拶に行ったとき 狭い庭には 鉢植えの椿が 幾つも並び

  そこに 作業服姿の 義父がいた

  ちょうど 花の時期で 手入れをしていたのだろう

  頭を下げると

  「‥‥」

  小さな声で 応えてくれたのを覚えている

  「‥‥」

  言葉がなくなって 鉢に目をやると ひときわ赤い色が 映ってきた

  それが 「日の丸」という 肥後椿だと 後で知った

 

  椿が好きだった 義父 

  軒下に並ぶ 鉢植えの多くが 椿 

       その中で ひときわ輝いていたのが 「日の丸」

  大きな鉢に植えられた その木は 接ぎ木がしてあって 台木は 

  腕の太さほどあり その先に 小さな枝が茂り 真紅に 輝いている

  その凛とした 樹形と花の 雄々しさに 僕は 見惚れていた

 

  一度だけ 大きな市の河川敷で開かれる 植木市に 義父母と 訪れた

  当時は 椿の店が多く 大小 幾つもの 椿の台木が 売られていた

  長さ30~40㎝ほどの 台木に 根はない 両端とも きれいに切られている

  しかし 不思議なことに それを鉢植えすれば 根が出て 息を吹き返すのだ

  

  義父は 何本か買い求め 「やってみなさい」と 1本 僕に渡す

  義父の教えどおり 鉢に植え 接ぎ木をし 毎日のように 世話をし

  そして それは 上手くいき やがて あの色の 花を咲かせる

  それから 「日の丸」は 僕ら家族と一緒に 転居を繰り返した

 

  10年経て 戻った時 傷んで弱っていたため 田舎の庭に 地植えし

  今も 冬には 空家の庭を 彩ってくれている

  観賞する人は ほとんどいないが その花を 見ると 

  寡黙な 義父の作業姿を 思い出す 

 

  義父と義母が旅立って 月日は過ぎ やがて 妻も 彼岸へ渡った

  父や母のことを とても大切にしていた 妻だったから おそらく 今も  

  親子で笑い合っている

   

  田舎の親木から 採った若芽を 挿し木した鉢植えの  「日の丸」が 

  今年も 蕾をつけてくれた

  年によって 色も形も 微妙に違う

  今年は どのような 表情を見せてくれるのだろう 

  彩りの向こうに 義父母と妻の笑顔を 見ることができたら 嬉しいのだが‥   

   

 

 

 

             【 凛として咲く 肥後椿の 日の丸 】 

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