やす君のひとり言

やす君の情景

~大分市竹中やすらぎ霊園~

霊園風景 その40 「‥お墓参り」

 

「‥‥お墓参り」

   やすらぎ霊園は、2000年にこの地に開設しました。

 写真のお墓区画は、最も早く販売した「規格墓」です。 

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 おかげさまで、短い期間で多くのお客さまに契約いただき、それから20年近く

 経過し、周りの緑や花とも美しく調和してきました。

  

 秋のお彼岸には、多くのご家族がお参りに来られました。

 親子で、兄弟で、3世代で、お墓をきれいにして、お花を捧げて頭を垂れる、

 そうした光景は、とてもなつかしく、うれしくもあります。

 

 「供養」の方法は人それぞれですが、古くから家系で受け継がれてきた「お墓」

 という形で供養することは、とてもいい慣習だと思います。

 多くの人々は、お墓には先祖や亡くなった人の霊があり、わたしたちを見守って

 くれていると信じています。

 だからこそ、命日やお彼岸などにお墓に足を運び、敬い、感謝するのだと思います。

 それが、わたしたちにできる功徳のひとつなのではないでしょうか。

 

 お釈迦様は

 「善きことをなせる者は、この世にても喜び、死後にも喜び、何れにても喜ぶ」と、 

 説いておられます。

 

 日々の暮らしの中で、生きていることに感謝して、できる功徳を行うこと、

 その実践を重ね、やがて、いつの日か、私たちは心穏やかに

 彼岸へ、先祖や亡き人の元へ、いくことができるような気がするのです。

 

 お墓と心をきれいにし、先祖や亡き人を敬い、生きている家族や自分に感謝する、

 お墓参りという、つながれてきたささやかな行いにこそ、とても大切なことが

 包まれていると思います。

 

 核家族化や少子化が進み お墓の継承が難しくなってきました

 散骨や納骨堂など 子や孫たちに負担をかけない 手間のかからない

 供養の仕方が増えてきたのも そうした背景が大きいと思われます

 

 それでも 家族そろって 墓地や霊園に足を運ぶ 

 先祖や亡くなった家族に 逢えるから‥‥ 

 お墓は 幸せな時間を つくることができる場所だと 信じます

 

    どうぞ 皆さまおそろいで やすらぎ霊園にお越しください

 ここには 四季折々の花々が 変わらぬ美しさを 届けてくれています

 

                                       【 空から見た やすらぎ霊園風景 】

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f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 「にぎわいの 声に浮かれて 曼珠沙華」 

  

 

 

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回顧録 no.40  「‥夢の風景 ~ 70年前」

 

 「‥夢の風景 ~70年前」

 

  蛇のような 曲りが続き 轍の残る 砂利道だったと思う

 

  暑い夏の午後 灼熱の太陽に照らされた その道を

  あえぎながら 歩いていく 

  上るほどに きつさは増したが 

  それでも 峠付近には 涼しさをもたらす 風があって

  道の両脇に立つ 細い木々の枝が わずかながらに 揺れている

 

  何歩も前を 父らしい 痩せた人が歩いていた

  記憶にある父ではなく 古い写真で見た 若い頃の顔に似ていた

  背中には古びた リュックが のしかかり 汗と汚れの染みついた

  カ-キ色らしい上下服を纏い 大股に 確かな足取りを 繰り返していく

 

  どこから 来たのだろう どこへ 行くのだろう

  峠の向こうには 山々が続き その遥か向こうには 

  希望が待っているのか それとも‥‥

  その人は 無言で めざす地への歩みを 進めていた

 

       

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  やがて 下り坂になると 少しずつ 人々のなりわいが 漂ってくる

  それは 木々の間から漏れてくる 煙や匂いであったり

  それは 耕した跡のうかがえる わずかな平地であったり

 

  そして 急に林が開けると そこには 藁ぶきの家々が 並んでいた

  道の両脇には畑があり 伸び放題の草たちが暑さに萎れ 無造作に草花が咲く  

  父は その道から 脇の小道に入ると 奥へと進み 

  しばらくして 小道のはずれに立つ 家の前で 歩みを止めた

 

  その小さな家は 古ぼけた屋根に 雑草が茂っており

  雑然として 手入れの行き届いていない玄関先には 

  褪せた ナスやキュウリなどの 野菜たちが 竹籠に収まっている

 

  「ただいま 帰りました」

 

  大きな声で 家に挨拶すると 父は 深々と頭を下げた

  ガタッと 壊れた音をさせ 引き戸が開いて 女性が飛び出してきた

  もんぺ姿の地味な衣装をまとった それは 写真で見た 若い時の母だった

  そして 子どもの頃 いつも見ていた あの祖母が後に続いた

 

  「‥‥‥」 

  「‥‥‥」

  

  お互いに顔を見合わせたまま 夫婦と親子は 黙って 泣いていた

  そうか!

  父は 戦争が終わって 帰ってきたのだ

  ここは 父の故郷なのだ 私の故郷なのだ

 

  まだ 生まれてもいない私 

  不思議な気持ちで 父や母や祖母になるであろう 家族を見つめていた

  そして あと数年後に 暮らすことになる その家も 

  記憶の中に 焼きつけようと 目を凝らす 

  

  やがて‥‥

  父や母や祖母が 視界から 薄らいでいった

 

   

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  夏の終わり 

  開け放った窓からの 生温い風と 

  カ-テンから漏れてくる 朝日が

  70数年後の 今へ 呼び戻しにくる  

  いつまで 夢を見ることが できるのだろうか と 思う今朝

  

  すでに 祖母も父も 彼岸へ渡り  母は 老いが進む

 

 

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霊園風景 その39   「‥この青き世界」

 

  「‥この青き世界」

 

  四季を問わずに 青く輝く花は そう多くはありません

        

  春から秋にかけて 鮮やかに咲いてくれるバラですが 薄いブル-はあるものの

  空色を濃くしたような 青色の花は 出現していません

  

  凍てつく冬が過ぎ 春の足跡が聞こえてくると 凛とした 椿の花芽が

  膨らんできますが この花にも 青色は 存在していないのです

  

  散る桜を待って 一斉に咲く 色とりどりのチュ-リップにも 青は不在です

 

  うだるような灼熱の 太陽が照りつける夏  

  やすらぎ霊園の あちこちで いろんな花が 咲いてくれていますが

  赤は 暑さの上に暑さが来るようで  白は 高貴なイメ-ジが強すぎて

  黄は 暑さと涼しさの中間っぽく  オレンジは暑さに湿気が加わったような

  

  比べて 

       青は 澄んだ空の青や 映す海の青に似て 

  涼しさを 届けてくれる 代表格の 花色だと思います

 

  今 霊園で見ることのできる 美しい青花といえば  ちょう豆 でしょうか

  ツル性のこの花は 4月初旬から 少しずつ時期をずらして種を蒔くと 

  7月頃から秋口まで 美しい花を楽しむことができますし、日除けとしても

  重宝します

  蝶のように 咲き乱れるその姿は 見る人に 一服の涼を 与えてくれます

 

  種を採取し 冷蔵庫(野菜室)で保存しておき  来春に種まきすれば

  毎年 楽しむことができます。

  やすらぎ霊園にも 種を保存していますので お好きな方は

  いつでもお立ち寄りください 無料で差し上げています 

  

   

  

    【秋雨に打たれて なお鮮やかな ちょう豆の花】

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f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain「真っ黒に 走りゆく子が 夏を追い」

 

   

 

 

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回顧録 no.39  「‥笑うと目のない Hくん」

「‥笑うと目のない Hくん」

 

   会社に入って知ったHくんは 垂れ目で 笑うと目が無くなり 愛嬌あふれる

 表情と 優しい心を持ち 誰からも愛されていた

 めったに怒ることもなかったが 怒っていても 怒っていないような

 穏やかな話し方と 柔らかいアクセントの言葉を発していた

 

 いつだったか 片側通行の道で 青信号で入ったら 向こうから 

 明らかに 信号を無視した トラックが来る

 しかし H君はあわてる風でもなく ゆっくり進んだ

 トラックはライトを点滅させて こちらを脅してくるかのよう 運転手もどこか

 恐そうに見えて 

 H君は トラックの前で止まると 車を降りて トラックに近づき 

 運転手に 何か話しかけている いつものとおり 笑顔を崩すことなく 

 すると トラックがバックし 道を譲った

 

 「何を言ったの?」と 聞いたら  

 「僕に後ろには 多くの車がつながっているけれど 

  あなたの後には 1台もありません 譲っていただけないですか?」

 と 言ったそうな  

 確かにそうだったが 笑顔で言える勇気に ひそかに尊敬したことを 記憶している

 

 H君の奥さんに 初めて会ったのは 彼との 最後の別れの日 

 彼の笑顔に とても似合いそうな 小柄の 美しい人だった 

 葬儀会場には 多くの写真が飾られ その中の幾枚かには 

 H君夫婦の両隣に 二人の女性が写っている

 ひとりは 目がHくんにそっくりで ひとりは 奥さんに似ていた

 ふたりの お母さんだと思う

 

 一人っ子同士だった H君夫婦は お互いの両親を とても大切にした

 お父さん達が 先に逝った後 ひとりぐらしになった お母さん達を呼び寄せ

 家を改造し ずっと4人で暮らしていた

  

 60を前にして 関連会社に行くことになり その時受けた 健康診断で

 異常が見つかった 血液の癌だった

 彼は 入社を断り ふるさと近くの病院に入って 治療を続けた

 二度逢いに行った 

 一度目は 前向きで頑張るからと 明るい笑顔だったが

 二度目は 少し痩せていて 多分 これが最後の治療になるよ と あの垂れ目で

 笑いながら つぶやいた

 それが 最後に見た 笑顔になった

 

 あの時 談話室の窓から 二人で見た外の風景は 今でも覚えている

 風が強く 雲の流れも速かったが 周りのビルたちに 太陽の光がふり注ぐ

 小春日和の 日だった

  

 

 出棺前の お別れの時 微笑んでいるようなH君に 

 ありがとう というと 

 彼は あの人なっこい笑顔で こっちこそ と 答えた

 奥さんと 二人のお母さんは 最後まで棺を離れずに 4人だけの時をすごしていた

 

 幾つもの 愛情と優しさを 多くの人々に与えて 

 62才で この世に別れを告げた H君

 今は あちらの世界で 二人のお父さんと暮らし 

 やはり 多くの人々に あの優しい垂れ目で いっぱいの愛情を届けていると思う 

 奥さんと 二人のお母さんは 今も 3人仲良く暮らしているそうだ

    

 

  

 

         【H君がこよなく愛し 長く住んだ街の 自然】  

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霊園風景 その38  「‥秋の訪れと お墓たち」

 

「‥秋の訪れと お墓たち」

 

 盆トンボの姿が  少しずつ消え 合わせるかのように 

 ひぐらしの声も 聞こえなくなり

 うだるように暑く 吐く息でさえ 熱く感じられた 今年の夏が 去っていき

 

 そして 静かに どこからともなく 秋が訪れてきました

 遠い彼方に浮かぶ 雲の形や流れで  あったり

 足元に咲く 花々の色つやの良さで あったり

 周りの山から下りてくる 涼しげな風の匂いで あったり

 今日の 人々の交わす挨拶や服装で あったり

 そうして いつの間にか すっかりと 秋模様に変わります

 

 立秋を過ぎて 

 少しづつ 昼間の時間は 短くなり  お墓たちの影は 長くなり

 秋分の日を迎える頃 曼珠沙華の咲く頃  

 やすらぎ霊園の 晴れた夕暮れ時 見える光景は 

 彼岸の世界に たたずんでいるかのような 美しい夕焼けの中で

 お墓たちが それぞれに やさしい輝きを放っています

 この世とあの世をつながれていて もし その時間が 決まっているとしたら 

 その時は 

 沈みゆく太陽の 醸し出す この夕焼けの一瞬なのかも しれません

 

 そして いつものように 時は刻まれていき  

 やがて 凛とした 冬色の世界が すぐそこに‥‥

 

 

 

 

    【一瞬の輝きを見せ 暮れゆく秋を見送る お墓たち】

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f:id:yasuragi-reien:20170207092834j:plain 「獣らの 荒らす音聞く 夜長かな」

 

 

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やすらぎ便り  「ふれあいのひ」来園ありがとうございました。

  ご来園ありがとうございました!

  「 ふれあいの ひ 」 

 

   9月23日(日)、お彼岸の中日に開催した「ふれあいのひ」は

   お天気にも恵まれ、おかげさまで大盛況に終わることができました。

   8時からの開催にも関わらず、朝早くからお待ちいただいたお客さまや

   JR中判田駅から徒歩でお越しいただいたお客さま、

   タクシ-でお越しいただいたお客さまなど、

   大変多くのご家族が、やすらぎ霊園に足を運んでいただきました。

 

   特に、9時からの予定だった「抽選会」やおはぎサ-ビスは、開始時間を

   早めて実施し、一時は多くのご家族が列を作られるほどでした。        

           また、供花は市価よりお安いこともあって、まとめてお買い上げいただく方    

   が多く、追加注文するなどうれしい悲鳴が上がっていました。

   さらに、お墓に関する相談会や霊園内の案内会にも多くのご家族が参加され、

   希望するお墓や区画など、熱心にお聞きになったり見学されていました。

 

 

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       おめでとうございます!             【1等賞を当てられた 西川  様】

   西川 様の言葉

  「2006年にここと契約しました。管理もしっかりしているし、霊園内の整備も、

   とても良くしていると思います。このような企画はいいですね。

   途中の道路がもう少し広くなると、うれしいのですが。」

 

 

 

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  おめでとうございます!   「1等賞を当てられた 千葉 様」

   千葉様の言葉

   「ふれあいのひ のような催しは、とてもいいと思います。

    これからも、ずーっと続けて欲しいです。

    いつも、美しく管理していただいてありがとうございます。」

 

 

      

                         【 9月23日15時すぎ 喧騒の時が過ぎて 規格のお墓たち 】 

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                        【 9月23日15時すぎ 空から見た 樹木墓 と 芝生墓 】

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  御 礼

 「ふれあいのひ」にお越しいただいた皆さま、本当にありがとうございました。  

  多くの皆さまから、霊園内の管理や美化について、お褒めや励ましの言葉をいただき

 ました。

 また、今回の催しについては「継続して欲しい」とのご要望をたくさん頂戴いたしま

 した。

 主催者として、これ以上の喜びはありません。

 一方で、案内にありました「おはぎ」サ-ビスでは、全てのお客さまに提供すること

 ができませんでしたし、「抽選会」も午後早くに終了するなど、楽しみに来園いただ

 いたお客さまには、大変ご迷惑をおかけしました。

 お詫び申し上げますとともに、次年度の催し企画などに活かしてまいります。

 今後とも、やすらぎ霊園をご愛顧いただきますようお願い申し上げ、来園いただいた

 皆さまへのお礼と報告に代えさせていただきます。

 ありがとうございました。

                            やすらぎ霊園

                            理事長  嶋 崎 龍 生

 

 

 

 *追伸  ご都合等で、来園できなかったお客さま。

      来秋も開催させていただく予定ですので、

      ぜひ、次の機会にお越しください。

      心より、お待ちしております。

 

 

回顧録 no.38 「‥潔かった M先輩  2/2」

 

  「‥潔かった M先輩」

        

       緊急の 全体集会が開かれ

  反対派の声が 高まる中 思わず立ち上がり M先輩擁立の正当性を 訴えた

  緊張と感情の高まりから 最後は 涙声になっていた

  話した内容は 忘れたが 自分なりの正論をぶった 記憶はある

 

  まとまらないまま 散会となったが それから間もなくして

  M先輩は 立候補を辞退する意向を示し 納得しない仲間の前に 立った

 

  ‥一本化できる見通しが 立たない状況で 残された時間は 限られています

  まとまらなければ 絶対勝てないことは 明白であり

  さらに 泥沼化していけば たとえ一本化できても 戦いは厳しくなるでしょう

  どちらか一方が 身を引くことが 勝つことにつながると 信じ

  わたしが引こうと 決断しました

  納得はしがたいと 思いますが どうか理解してください‥

  

  そう言うと M先輩は 静かに目をつむり 深々と頭を下げた

  誰も 何も 発しなかった が 誰もが わかっていた

  なぜ M先輩が 引こうと決めたのか

  M先輩を推したリ-ダ-達は 何をしていたのか 何をしているのか

  職場の不満は その一点に 向けられていた

  彼らは 梯子は架けたが 支えるどころか いつの間にか 一人 また一人と

  いなくなっていた

  あの集会のときにも 擁護や主張するリ-ダ-は いなかった 

  M先輩は その時 引くことを 決めたのだと思う 

 

  その後 M先輩は 何もなかったかのように 組織の事務局責任者として 

  選挙戦の先頭に立ち 勝利に貢献した

  

  だが 選挙が終わると 「あとはおまえに任せた」 といって 

  自らの運動に 自ら 幕を降ろした

  それが M先輩が 見せた 最後の意地だったように思う

  

  待っていたかのように 辞令が出て M先輩は 他県へ転勤し

  一度も 前の職場に 帰らぬまま 定年を迎えた 

  

  何度か 話す機会はあったが あの選挙のことは 最後まで 口にしなかった

  全てを 自分の中にしまい込んだまま 年を経て やがて 病との闘いに挑み

  80を過ぎた この春  彼岸へ渡っていった

 

  言いたいことを言えば 楽だったかもしれない 

  だが それで 元に戻ることは絶対ないし 誰も救われることはない

  また 誰もが 正しいと思い 進んでいることを 否定はできない

  全てが その時々の 時代と社会と そして 空気の中で 起きたこと

  人々の記憶に 残るのは いいことだけ 

  悪いことも いいことにして 残っていく

  それが人生 それが人間 

  

  M先輩は 自らの行動で 人の生き様 を 示してくれたと思う

  今でも 先輩に 教えを乞うている 

 

 

      【先輩 そちらは正義が 見えていますか?】

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