回顧録no.8 「‥温泉町のA君のこと 4/4」
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「‥温泉町のA君のこと 4/4」
あの温泉町が遠のいてから 10年以上が過ぎ 社会人となって間もない頃
ふとした便りで A君が近くの温泉町で働いていると聞いた
両親も元気で一緒に暮らしているという
なつかしさに押されて電話を入れ 流れてくるやさしい声を聞いたとき あの
にこやかな笑顔の A君にたどり着いた
A君は 父親の後を継いで板前になっていた
親が苦労して育ててくれた分 頑張って楽させてやりたいと話す A君
似たような環境で生きてきた 自分と重ね合わせて うなずく
近いうちに会うことを約束したそのとき 僕たちは小学生に戻り
あの温泉町の あの家が あの映画館が なつかしく浮かび上がってきた
それから 間もなくして 彼は ひとり自動車事故で 逝った
雨の夜運転していて 海にかかる橋の欄干にぶつかったと聞いた
苦労して生きてきたA君 そして 若い命で終わったA君
彼が この世で受けなかった幸せは きっと あの世で受けると 信じている
きっと
海から昇る朝日に向かい 力強く 大きく 羽ばたいていったのだ
彼は今 あの温泉町の近くのお墓で 両親と一緒に眠っている
親子で一緒に 板場に立っているのだろうか
A君が自慢する料理を 一度でいいから 食べてみたかった (終)