「回顧録 no.30 「‥‥寒い国で出逢った通訳のIさん 5/5」
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「‥‥寒い国で出逢った通訳のIさん 5/5」
夕闇がせまり ポツポツと 夜の灯りがともる頃 ワルシャワのホテルに戻り
早々とシャワーを浴びたように サッパリした表情の 団長に 報告する
‥‥ご苦労だった 報告書は うまく書いておいてくれ
絶対に ひとりで行ったと 書いてやる と 誓いながら
Iさんの 献身的な通訳は 賛辞に値したこと
若い兵士が 護衛してくれたことも 書いておこう
夕食時 Iさんが 申し訳なさそうに 言葉をつなぐ
‥‥部屋にある シャンプーなど 使わないものがあれば いただけませんか
物価上昇率が 数百%といわれる この国では 多くの物資が 不足していた
夕食後 何人かに声をかけて 部屋に備え付けの シャンプ-や石鹸などと
日本から持ってきたものを 加え Iさんに お渡しし そして
グダニスク「連帯」訪問の お礼として 出国する際 空港で買い求めたが 少し
派手すぎて 使うことのなかった 赤いマフラーを 記念にと もらっていただく
Iさんは 何度も お礼を繰り返し 暗い街並みに 溶け込まれていった
出発の早朝 来るはずのない Iさんが ホテルに来ており
‥‥ これを
と 封筒と 小さな紙包みを 押し付けた
‥‥「連帯」事務局でのやりとりをまとめています。良かったら 参考にして下さい
‥‥ポ-ランド産の ワイングラスです 大切な人と 使ってください
優しく笑ったIさんは 赤いマフラーを コートから出して 広げて見せた
‥‥いい時代が来ることを 信じています
バスの後窓から 希望の 赤色が 小さくなっていく
その後 西ベルリンへ入り 東西を分断していた 壁の崩壊という
大きな歴史の 分岐点に 立ち会うことになった
あの時 いただいた 小さいワイングラスと 砕いたベルリンの壁の
コンクリ-ト片は 忘れえぬ記憶として 部屋の中に 今もある
30年近くが 過ぎ去り
暗闇から抜け出ようとする ワルシャワの街並み 雪の中で佇む若い兵士 そして
車窓から小さくなっていくIさん そんな光景が
冬の訪れと同時に 蘇るときがある
あの国の今に 訪れてみたい
(終り)